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説明過多な世の中?

あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いいたします。

 

私たち議員には定休というものは無く、12月31日だろうが元旦だろうが、呼んでいただく所があればお伺いして色んな方にお目にかかる必要があります。現場の声を聞くという事は議員活動の原点だと思っているからです。

 

というわけで、本日元旦も既に数か所呼んでいただいたところに行ってきましたが、午後は休養できるので、久しぶりにテレビをぼーっと観ていました。そこで昭和にあって平成に無くなったものという内容の番組で、昭和の時代には生鮮食料品などの製造日のみを記入していたものが、平成になると消費期限、もしくは賞味期限を記入すべしとなったという事が紹介されていました。

 

私は特にこの賞味期限というものが必要なのかと常々思っていましたが、皆さんはどうでしょうか?

食べ物がいいか悪くなっているか、触ったり匂いを嗅いで自分で判断せず、印刷された数字だけを信じるという事もどうなのかと思いますが、ましてや美味しい期限なんて教えてもらう必要があるんでしょうか?

賞味期限を過ぎた食料品がどしどし捨てられるというフードロスの視点からは、よく指摘がありますが、人間のもつ動物的な感覚を私たちは今のベンリという言葉で彩られる様々なサービスや言葉によって無くしていっているような気がしてなりません。

 

例えば信号だけを見て回りの交通状況を見ないという事もよく目の当たりにします。

当然交通ルールは守られなければなりませんが、自分の目で見て周囲を確認するという行動が本当は基本にあるべきだと思うのです。鉄道もそうですが、どこそこ行きが来るとか、前の駅を出発したとか、白線の内側に下がれとかやかましいくらいにひっきりなしに注意喚起をするアナウンスが流れます。これらは安全確保と責任回避のためだと思いますが、自分の目で見る、自分の耳で聞く、自分の手で触るという五感を通じて判断材料にすることが本当の意味での安全確保になると私は思います。現に今はアナウンスが多すぎて、誰もその内容を聞いていません。優先席付近では携帯電話の電源を切って、という車内放送を毎回聞きますが、効果はないと言っても過言ではありません。

 

仕事ができる人は、必要な言葉を必要なだけ伝えます。そうしなければ、情報過多になって何が一番大切なのかが相手に分からないからです。私が県議会議員になった時、議会事務局に議員駐車場について電話で尋ねたことがあります。内容は「議員駐車場内であればどこに停めてもかまわないのか」という事でしたが、返事は駐車場への入り方から始まって全部で何台駐車可能になっていて、場内は一方通行になっている事、駐車場の番号はどういう決まりでつけられているかなどなど。良く言えば丁寧なのでしょうが、聞いていて訳が分からなくなりました。で、結局どこに停めても構わなかったのですが、説明しなかったことを後で指摘されることを恐れているのか、今の世の中そういうことが多くなったような気がしてしようがありません。

 

何でもかんでも懇切丁寧に説明するというのは、私たちの自身での判断力を鈍らせ、また人間関係も歪な形にしているような気がします。

 

今年私は、全体的にシンプルに爽やかな在り方を目標にしたいと思います。

| ミホ | 15:21 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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