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ネットの中にあるもの

私はあまり機械に詳しくありません。何とか見様見真似でスマホとかパソコンを使っている程度です。

最近物忘れが激しい私としては、固有名詞などを忘れたときや旅行の行き先などについてスマホで簡単に調べられるのは大変重宝しています。更に相手に今連絡していいかどうかわからない場合、伝える内容をメールやラインで兎に角送っておくことで、伝えることそのものを忘れてしまうことを回避することが出来ます。

 

しかし、電車の乗客のほとんどがスマホにかじりついている姿を見ると、かなり異様な感じがします。

なぜそこまでスマホが必要なんだろう?多分スマホの中で本を読んだりゲームをしたりしている人が多いのだとは思いますが、

ひたすらネットを見ている人ももしかしたらいるのかもしれません。

 

私の知り合いの市議の女性がネット上で批判の的となり、ネットの中だけではなく実際に着払いで物が送られてきたり、殺すというfaxが送られてきたりしています。議員だけに限らず、思想信条は違っていて当たり前です。むしろ皆が同じ考えであることの方が全体主義として懸念されるべきことだと思いますが、ネット上で匿名で批判を繰り返している人たちを見ていると、意見が違う事が許せないのですね。私の知り合いの中には当然ながら私と考えが全く違う人もいます。必要があれば自分の考えについて相手に伝えることもありますが、相手の考え方を変えようという思いは今は全くありません。若い時はなぜ自分の考え方に同意してもらえないのか、つまり自分の考え方が一番正しいと思っていたんですが、理解に苦しんだこともありましたが、だからと言って相手を個人的に批判するという事とは結び付くことは有りませんでした。思想信条が全く違っている場合、それを踏まえた上で相手とさらに親しくするのかどうかを決めるのは自分ですから、相手の考え方にどうしても我慢できないのであれば、距離を置けばいいだけの話です。

 

先日福岡市内でネット上のトラブルが原因で殺人事件が起きました。会ったこともない相手を双方で批判しあい、結果として殺意を抱くほどになったという事でしょうが、私はその中にある人の心の闇が恐ろしいと感じます。

 

人は、怒りを物凄いエネルギーに変えることができるという事を議員という仕事をしていると肌で感じることがよくあります。喜びや笑いよりも恐らく怒りというものは人に凄いエネルギーを与えることがあります。上記した女性議員へ繰り返し暴力的な言葉を送り続けている人も殺人を犯している人もそうですが、このような爆発的な負のエネルギーの前で人は本当に無力です。しかし、なぜ人は殆どきちんと話をしたこともない人に対してそこまで怒りを感じることができるのでしょうか。

 

私は人の怒りのエネルギーがこのパソコンやスマホといった小さな箱の中で恐ろしく増幅されるような気がしています。

あまりに小さな世界で決定的に視野が狭窄しているため、本来なら目に入ったり耳にしたりすることができる他の情報が遮断されてしまうことが、その理由のような気がします。勿論ネットから情報は得られますが、それは自分の怒りを増幅するための物だけを自分で選択しているので、パソコンから目を外せば本来なら自然に入ってくる様々な情報がない、酸欠のような状況であるように思います。その苦しさを軽減するために怒りを具体的な言葉にして相手に伝えたり、暴力的な言動で怒りを表現することになるのではないのか、そういう気がします。

 

ネットの中には、楽しい事、愉快なことがいっぱいありますが、光があれば必ず影が出来るように、使い方によって魔物が住んでいるのだと思います。負の影に支配されないためには、自分を見つめること以外ないように思います。人は便利なものを作ってはその負の部分への対応に迫られる、この事を繰り返しているようです。

| ミホ | 14:18 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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