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子どもの貧困と性教育
太宰府でも子ども食堂の開設に向けての動きが始まりました。その席でこれまで多くの子ども食堂の開設に関わってきた女性と知り合いました。今年福岡県はコンビニで賞味期限内ではあるけれども廃棄される予定のお弁当を、食事に欠けている子どもの家に宅配する活動を行っているNPOに対しての助成制度を開始しました。私は添加物や保存料の問題、また売れ残ったお弁当を食べる子どもの気持ちなどを考えると、積極的に賛成は出来ないという考え方を持っていましたが、その女性から一喝されました。「どんなものでも食べられない子どもにとっては必要なのだ」。食べられない子どもは、一日で給食だけがまともな食事である場合が多く、土・日や夏休みなどの長期休暇に入ると、スナック菓子だけとか、水だけ飲んで過ごす場合もあるという事でした。新聞などの文字面で読んだことはありましたが、実際に関わっている人の声というのは大変重みを持っていて、改めて厳しい家庭の食環境はそこまで来ているのかと、自分の考え方の甘さを反省しました。

学校の先生方と意見交換をする際、厳しい家庭の話を聞くと両親のどちらかが軽度の知的障害を持っている、という事があります。
収入や環境などでバースコントロールをする方は多いと思います。しかし、知的障がいはなくても子どもを産み、その子どもを育んでいくという事が自分の生活にどういう影響を与えるのかということを理解出来ないまま、又は全く想像しないまま子どもを産んでいる、或は産ませているという場合があるように思います。

皆さんのご家庭では子どもへの性教育を行っていますか?
昔のように、市民が性的知識を全く持たなかったため、子どもが沢山生まれたという時代ではなく、学校や家庭においても教えられていると思います。しかし、全く食事が出来ない子どもが実際にいるという事実は一体何を意味しているのでしょうか?

知的障がいのある子どもたちには、具体的に話をしてくれる誰かが必要です。その役割は親であり教師であるのかもしれません。
しかし想像力に欠けている子どもたちには、どうすればいいのでしょうか?
私は自分を幸せにするための想像力は、自己肯定力と強い関係があるように思います。周りから愛されているということを実感しながら成長した子どもは、自分を大切にするという事を自然に考えるように思います。そして「愛されている」と子どもが日々実感できるのはやはり食事ではないかと思います。

今後食事を貰えない、つまりその自己肯定感を持っていない子どもが増えていくと、将来子どもたちの環境はさらに悪化していることが懸念されるため、今危機感を持った大人が、せめて食事を通じて地域にとって貴方は大切だという思いを伝えたい、その思いが子ども食堂の開設に繋がっているのだと思います。

今出来ることの一つとして子どもに接する機会のある方々が、性教育を単に生物学的な説明で終わらせるのではなく、結果として子どもを産むという事がどういう事なのか、人としてそれをどう見つめるのか、そういう思いも込めてもっともっと大切な教えとして子どもに伝えてほしいと思います。
 
| ミホ | 10:04 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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