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補償

九州北部の豪雨災害に対し、被災された皆様に心からお見舞い申し上げます。

 

一番最初にそれを感じたのは阪神淡路大震災の時でした。地震の後の大火災の様子を、ヘリコプターから映し出す映像を家のリビングという安全な場所で見た時に何とも言えない感覚に陥りました。その後9.11や東北の大災害の時も、被災されている方は、炎や津波などの中で逃げ回っていらっしゃるのに、それを同じ時間に全く別の安全な場所で見ていることが不思議で、自分の感覚が変わってくるような恐ろしい気持ちになりました。東北の時は、後ろから津波が迫っているのをテレビを見ている我々は知っているのに、現場にいる市民の方には知らされていない、或は映像で津波が見えるのに、その手前にいる車や人々はビルなどに妨げられて気付いていない、などの映像を見た時、これは映画でもないし録画でもなく、今この時被災されているのを目の当たりにするという事が、とてつもなく恐ろしいものに思えました。情報を知ることは大切なことですが、今それを知ったところで何も手の打ちようがない場合、ひたすら虚しさだけが残ります。

 

今回朝倉では一日に1000ミリというこれまでには考えられないほどの雨量が計測されました。今回のようなケースでは、事前に避難する以外、被害を回避する方法はないと思います。そのためには、気象条件などの情報をいち早く入手した自治体が英断する以外市民の安全を守ることができないのではないでしょうか。また、今回は流出した木材がその被害を拡大しています。それは林業の後継者不足によって山の保全が出来ていない事が挙げられていますが、私は国の施策変換後、何も手当がされていないことも理由にあるように思います。つまり日本の山は本来広葉樹の森です。それを木材を国の産業にするために伐採を繰り返し、お金になる針葉樹、つまり杉を植え続け、その杉がお金にならなくなったら、生活ができなくなった林業者が廃業し山が荒れてしまった、という事だと思います。

今ようやく日本本来の里山の姿に戻すべきだという運動が出てきていますが、国はもっと補償をすすめて根の浅い針葉樹ではなく、きちんと根を張る広葉樹を戻すことによって災害に強く、またドングリなどの広葉樹はイノシシやシカの餌が豊富なので、動物が街なかへ出てくる必要もなくなるよう施策を進めてほしいものだと思います。

 

これから市町村・県・国が総力を挙げて復旧・復興を支援していかなければなりません。被災地への激甚指定、交付税の前倒し支給などの要望は国が認定し実施されますが、細かな補償がこれから発生してきます。私も現地からの情報を速やかに入手し、何をどのようにすればいいのか組み立てて考え微力ながら尽力していきます。

 

このような補償が行われるのは当たり前ですが、時々え?と思うような事案があります。例えば驚いたのは、ファーストフードのお店でコーヒーで火傷したということでお店が訴えられ、確か10億円以上の支払いが行われたことがありました。沸騰していたのかもしれませんが、自分で注意することは不可能だったのでしょうか。最近こういう事例が増えており、企業も自治体も委縮せざるを得ないような環境が出てきているような気がします。

 

補償が必要なのかと疑問を持つことを主張される方の意見を聞くことがありますが、私は、私たちは一人ひとりが本当に補償が必要な人たちに思いを馳せ、まずは自分で自分の行動を考えながら生活すれば、おのずとそういう意見は言えなくなるように思います。

| ミホ | 12:06 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
教育勅語

だいぶ下火になりましたが、森友学園の問題は色々なことを考えさせられました。

「忖度する」という言葉など、私のこれまでの人生の中で恐らく一度も使ったことは有りませんでしたが、このところ知り合いの間でよく使われています。

この森友問題で大きく取り扱われたことの一つが、教育勅語です。

これまで教育勅語に対する私のイメージは、戦前の教育に使われた天皇制を礼賛する教材、くらいのものでした。

 

しかし、園児が暗唱している姿や、ネット上で若い芸能人が「良い事言ってるじゃない」という発言をしているのを見聞きしているうち、はっと気付いたことがありました。そう、私は教育勅語を読んだことがない、という事です。

賛成するにしても反対するにしても、現物を読んだことがないのでは話になりません。そこで、まず原文を読んでみました。

 

「チンブンカンブン」というのが最初の感想です。

カタカナと漢字で書かれ、句読点がない文章がこんなに読みづらいものだとは思いませんでした。どこで区切って文章を読んだらいいのかわからないという事が、読み解くという作業をこんなに難しくすると初めて分かりました。

そこでまずは句読点が付いた「訳文」を読んでみました。だいぶわかりやすくなったものの、漢字そのものの意味が分からない言葉が結構あります。日本人として55年生きて、政治の世界の言葉も含め世間並みの漢字に対する知識はあると思っていましたが、戦前の子どもたちが読んでいた漢字が読めないっちゃーどういうことだ、とちょっとショックでした。

 

そこで今度は分からない漢字の意味を易しく解説している「訳文」を読みました。ところが、この「訳文」が翻訳者によって恣意的なのかどうかまでは分かりませんが、結構違っているんです。例えば教育勅語の冒頭は「朕は」という言葉で始まっていますが、これを「私は」とだけ訳をされているものがありました。「私は」という言葉だけだと、世の中の多くの人が主体的に「自分は」と言っているように読み取ることも出来ます。つまり「朕は…と思う。」を「私は…と思う。」と訳をしてしまうと、原文の意味を正確に表しているとは言えないという事です。なぜなら教育勅語の主語が誰なのかを把握することが、これを読み解く一つの大きなカギになるという事です。

そして、夫婦仲良くとか友達を大切にしなさいという言葉が続き更に最後に、国に事あれば全てを国にささげなさいという内容で締めくくられます。

 

ヨーロッパでは「ノーブレスオブリージュ」という言葉があります。社会的地位がある人たちが普段市民の税金などで食べて過ごすことができるのは、いざ事あらば「税金で食べさせてもらっている人々」が税金などを納めている人々を守る為に前面に立って自分を犠牲にするからだという考え方です。一方この教育勅語の最後の部分は、普段も政治家などを税金で食べさせている「市民」が、事が起こった時も前面に立って国を守りなさい、という事です。

 

戦争はそのほとんどが国家間で起こり、戦争をおこすのは政治家です。しかし今の戦争で実際に戦うのは、戦争をおこした当事者たちではなく、正確な情報などを得られない立場にある市民です。あまり詳しくわかっていない者同士、憎しみ合ってもいない者同士が殺しあうというのが今の戦争です。かつてのように為政者が体を張って戦場に行くという事はもうないでしょう。そういう意味においても、教育勅語は既に時代と合っていない、と私は思います。

 

今回の森友問題が起こって、人と議論をするとき、当たり前かもしれませんが、焦点を自分で整理し出来る限り客観的な視点でそれを見ていくという事が重要だと改めて認識しました。森友学園に子供を通わせていた保護者の皆さんは、自身で教育勅語を読み解いたうえで通園させていたんでしょうか?もしそうだとしたら、それはそれで注視しておかなければならない世の中の傾向だと感じます。

| ミホ | 11:04 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
学校

全校に全国学力テストが導入されて何年もたちます。

最近特に思うのは、学校って何するところだろう、ということです。

基礎学力と社会性を身に着けるところ、という回答が多いのでしょうか?

では、基礎学力って何だろう?算数と日本語と歴史と…。数学まで必要だろうか、とか化学や科学や英語は基礎学力の内だろうか、などなどつらつら考えます。

私の親友は、理系であり文系の人間です。数学テストで全国で5番以内に入ったかと思うと絵や作文で総理大臣賞を貰ったりしていました。その彼女と話していた時、ハタと気付いたのが、文学的な「物の考え方」と数学的な「物の考え方」がある、ということです。結論は同じになってしまっても、導く過程や視点が違っている場合があって、当然結論が違ってくることもあるのです。

理系的な発想と文系的な発想、それはそれで両方とも面白い。

 

でも基礎学力って何だろう、という疑問はまだ残ります。

 

学校で身に付けるのは「学力」なのか「教養」なのか、この辺りに回答が潜んでいるように最近思うようになりました。

英語で言えば「STUDY」なのか「EDUCATION」なのか、ということです。

 

社会に出て、いわゆる一流の大学を卒業している人の中にもかなりの割合で仕事が遅くて不正確な人がいることが分かりました。その人たちは、学校で学力を身に着けることには成功した人たちなのでしょうが、自分の個性や特性、向き不向きを把握できなかったのかもしれません。そしてまた今の日本の社会では、そういう人を受け入れる土壌が少ないというのが実情で、それが会社においてのパワハラなどに結び付いているように思います。しかし、割合から言えば一流の大学を出ている人たちの方がより的確な仕事をする人が多いというのも事実でしょう。

 

一方で「教養」とは、養老孟司さんの言葉を借りていえば、「人の心がわかること」だそうです。

また「人が学習して得た知識を全て取っ払った後に残るもの」という言葉も聞いたことがあります。

つまり知識をぎゅうぎゅうに詰め込むことではなく、そこに事実や推論を交えて考える事、ではないかと思います。

例えば白村江の戦は、663年に韓国で起こった戦争で、日本と百済の連合軍が新羅と唐の連合軍に敗れた戦いである、ということは歴史の授業で習いますから、何となく覚えている人も多いと思います。しかしなぜ日本は百済と、中国は新羅と連合したのか、敗れた日本側はその後国際政治の中でどういう立場に立ったのか、そこまで知っている人は少ない、つまり知識として知ってはいても歴史を知っているということにはならない、と私は思います。

前述の親友は、数学のテストで応用問題を読んで自分で公式を導き出せるのです。私のような凡人はまるっきり逆で、公式を丸暗記して過去問を繰り返しやってその公式が出題されるときの応用問題の傾向を覚えておいて問題を解く、というパターンなので、理論などは全く分かっていません。つまり公式という知識はあっても取り払った後は何も残っていない、という事です。

数学の公式は、物事を正確に捉え理論的に解読してきた人たちの力によって出来上がってきたものだと思います。つまりそこには正確に物事をとらえる力が養われているという事だと思います。それは社会で生きていく上で必要な一つの要素でもあります。あくまで一つでしかありませんが…。

このように色んな分野において、必要な一つ一つの要素を身につける、私はその積み重ねを行う所が学校であるように思います。

 

大阪の「みんなの学校」として有名な大空小学校の約束事はたった一つ。「自分がされて嫌なことは人にはしない」。

そういう力を養老孟司さんは「人の心がわかること」と表現されているのではないかと思います。

私は、学校というのは「学力」よりも「教養」を身につけさせることに、その力を注いでほしいと思います。それが人間が暮らしやすい社会の作りだしていく大きな力になる、私はそう思います。

| ミホ | 14:03 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
アメリカ大統領ミスタートランプ

アメリカ大統領、トランプ氏が就任しました。

オバマ氏の時もそうでしたが、日本はアメリカ大統領については本当に敏感に反応しますね。今の日本とのつながりから言うと当たり前のことかもしれませんが。私は勿論関心は持っていますが、これまでの大統領について、当人以外の家族について妻以外はあまり知りませんでしたし、マスコミもそんなに報道していなかったと思いますが、今回は家族も政治に関係してくる可能性もあって、元妻の子どもたちの事まで、皆さん既に知っていますね。そういうことも含めこれまでとは全く違う大統領が誕生したとほとんどの人が感じていると思います。

(Wikipediaより引用)

 私が最初にトランプ氏の事を報道で知ったのは二年位前だったと思いますが、私同様多くの人がその程度で、政治・行政の経験が全くない人がまさか本当に大統領になるとは、というのが大方の見方ではないかと思います。

 

就任演説を聞きましたが、創業したばかりでこれからその業界に打って出ようとする企業の創設者の社内挨拶に様に思いました。業績を上げて自分の会社の人間を増やし、会社を豊かにし社員に還元する、簡単に言うとそういうことを仰っていたように思います。

経営者としては当然な考え方だと思いますが、私が疑問に思うのは彼の言う「社員」の中に障がい者や貧困な高齢者などいわゆるマイノリティーと言われる人たちが入っているのだろうか、という事です。オバマ氏が創設した日本でいう国民健康保険も見直すという事を早速発表されており、働けない難病などの疾病患者の中には、再び不安定な生活を強いられることに大きな不安を感じておられる方もあるようです。

 

また、小規模の会社であれば対外的なことは二の次で、まずは自社が生き延びていくことに一所懸命になるということは分かりますが、色んな意味で現在世界で一番大きな国であるアメリカが自国のことを優先するあまり、他国を排除していく姿勢を打ち出していることにも不安を感じています。排他で生まれるのは、する方もされる方も憎しみだけです。元々アメリカは差別がはっきりしている国で、それが益々助長されるのではと考えます。今トランプ氏がターゲットにしているのは、メキシコからの移民とイスラム教徒です。しかしアメリカには東海岸を中心にWASP思想があって、白人以外を差別する土壌があります。従って有色人種もその的になる可能性もあるのではないか、ということを強く思います。差別はいじめと同じで、する方はあまり意識せずともされる方は強い気持ちを残します。私も以前ボストンで明らかな差別に遭ったことが何度もあり、最初はビックリしました。彼らの意識ははっきりしていて、それは他国に行っても同じです。そのことを初めて知ったのは、東京で私の誕生日をお祝いして友人の家でパーティーを開いてもらった時、特にアメリカ人はパーティーの主催者をよく知らなくても友人から誘われると参加する人が多いのですが、私の全く知らない人が何人も参加してくれました。その中の数人が、私が話しかけても全く無視するのです。その人たちを連れてきた私の友人にそのことを伝えると「彼らはWASPだった!ごめん!」という事。私の誕生日だという事を伝えず、単にパーティーがあるから行こうということで誘ったらしく、彼らにしても来てみたら話もしたくない日本人の誕生日だった、という所だったと思います。しかし大変なエリートである彼らが、日本に住んでいてもその姿勢を変えない事に私は何とも言えない不気味なものを感じました。

 

経営と政治は似て異なるものだと私は思っています。

どうか世界のリーダーであるアメリカが、人々の憎しみや悲しみを助長させることなく、世界の平和に貢献していく国家であり続けてくれるよう願っています。

| ミホ | 13:32 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
香港

あけましておめでとうございます。

 

1996年〜1998年まで香港で働いていました。

香港がイギリスから中国へ返還されたのが1997年ですので、返還の年を挟んでの3年間です。

それ以前にも香港には7回か8回位個人で旅行していたので、友人もいて中国へ返還されることについてどう思っているのか聞いたことがあります。何故なら97年以前に香港からカナダなど複数のパスポートを持つことを許される国への移住が盛んにおこなわれていたためです。自分の母国に戻ることがなぜ香港の人たちを不安にさせているのか、外国人の私にはまだまだ理解できていませんでした。

 

89年、天安門事件があった時香港では中国の民主化を求める大規模なデモが行われましたが、そのデモを先導した香港人の方に聞いた話がとてもわかりやすかったのでご紹介します。

「自分たちは阿片漬けになった母である中国が膨大な借金を抱えたため、イギリスに養子に出された子どもみたいなもの。養母はそんな自分に最高の教育を身に付けさせ、世界で通用できるまでに育ててくれた。そんな時突然実母が自分を返せと言ってきた。その母親を見ると、教養はなくみすぼらしく汚い言葉で喋り痰をそこいら中に吐くそんな女。しかし本当の母親への思いがあることも事実。我々香港人はそんな状況に置かれている。」そういう内容でした。

 

50年は「一国二制度」を保障していたはずの中国政府が、最近干渉を強めているという事が報道されています。

 写真の女性は、中国政府の干渉に対し反対の立場で議員に当選しましたが、議員としての宣誓を行う時中国への侮蔑的な表現を使ったということで、先日中国政府から議員の資格をはく奪されました。つまり、議員としての活動は全くできなかったという事です。私は、彼女たち(もう一人若い男性も同じ状況になっています)のやり方は稚拙で本人が言っている通り、議員としての活動を期待して一票を投じた有権者への責任が果たせないという事は問題があると思います。しかし、議会の問題を香港議会が判断せず、香港政府や香港の司法も判断せず中国政府が判断しているということには大きな疑問を感じています。香港の未来に光を見ることができるのは、彼女のように民主化を保障するために動いている多くが若い世代であるという事です。ただ、「一国二制度」は50年間と最初から中国政府は言っていますからから、2047年以降は、どうなるのかわかりません。香港の人たちは非常に現実的でお金に厳しい人が多いと思います。同時にエネルギッシュで享楽的で楽天的な側面も持っているように思います。そんな彼らが今後どのような対応をしていくのか注目しています。

 

民主主義は、自分の意見を自由に言うことを保障されるところから始まります。香港の今の状況は実は全ての民主主義の国へ通じることです。つまり政府がその気になれば真綿で首を締めるように少しずつ少しずつ意見表明が出来ない民衆を作り上げていくことが容易にできるという事です。

 

私は今年も自由を愛している人たちを愛し、表現を阻害するあらゆるものを憎みながら粛々と自分の役割を果たしていきたいと思います。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

 


 

| ミホ | 12:59 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
政治

12月24日は父の命日でした。9年前のあの日朝家で闘病していた父の様子を見に行くと、牛乳を飲みながら新聞を読んでいました。

暫くして「横になる」と言ってテレビのある部屋に置いてあったベッドに横になった父の肩を揉んでいると、一見眠ったように見えた父の様子が変で、呼びかけてみましたが反応がなく、休日だったその日、たまたま家にいた兄に電話をかけて呼び出しました。

兄が駆け付けたとき、既に心肺停止状態だったらしく、心臓マッサージをしながら救急車を呼び、胸にたまっていた血を吐き出させると心臓が再び鼓動を初めそのまま救急車で病院へ連れて行かれました。結果としてそのまま意識が戻ることは有りませんでしたが、あと1時間程度しかもたないと言った医師の予想を裏切り8時間以上頑張ってくれたので、父方の兄妹や親せきなど主だった方々と最後のお別れをする事が出来、また病院を持っている兄が簡単に休めないことから、どうやったら患者さんに迷惑をかけずにお通夜や告別式を行えるかなど、十分に打ち合わせをすることも出来ました。

 

良い最後の迎え方だったと思います。その父は組合運動を通じてずっと政治に関わってきたものの、自身が政治家として活動したのは12年間で、今年議員14年目を迎える私は、政治家としての経験は父を追い抜いたことになるのだと改めて考えています。

(天神で演説する父)

 

これまでの経験と最初に父から教わったことなども併せて思う事は、同じ議員でも国・県・市町村では役割が違いますし、同じ政治家として一括りになりますが、首長とは全く違うという事です。

太宰府市議会議員だった時、私が心に銘じていたのは執行部の監視や条例の立案などいわゆる議員としての役割以外に、法律や条例などの枠組みから漏れてしまっている市民の声を聴き、それを政策に反映して執行部に提案する、という活動です。それが市町村にいる議員が果たさなければならない大きな役割です。枠組みから漏れている人たちのために自分がボランティアなどで働くことも大切なことですが、政治家がその活動だけというのは課せられた市民の負託にこたえているとは言えない、と私は思っています。その問題を政策に深化させるのが基礎自治体議員の役割ではないかと思います。

 

県はどうなのか。市町村とは違うのか。私が今思っているのは、勿論議員の役割である執行部の監視や立案という基本的なことは同じですが、例えば太宰府市では18名の市議会議員ですが、県議は1人であるように数が少ないということからも、市町村議員のような地域に根差した活動は困難です。しかし申し上げたように法律などから漏れた方々の課題が県政の課題であることは少なくありません。それを知るためにも市議会議員との連携は欠かすことができません。つまり、県がしなければならないことを県に働きかけることによってより広い範囲で県民の福祉向上につながるという事だと思います。例えば、昨年9月議会で大学生向けの給付型奨学金について執行部の考えを聞きましたが、その時県では担当が決まっていないという状況でした。つまりまだ誰も質問したことがなかったという事です。しかし今年の夏の選挙では全ての政党が公約に給付型奨学金制度の創設を掲げ、実現する運びになっています。この事も、地域の議員さんとの意見交換の中で出された市民の現状から考えて政策として提案したものです。

逆に私から市役所や市議の皆さんにいち早く情報を提供する、ということもあります。例えば来年道路交通法の改正によって自動車免許の制度が変わります。また、中小企業にお勤めの方々に対して納税面で、経営者側が果たす新しい役割が出てきます。こういったことはできるだけ早い時期から市民に周知することが大切ですから、県からわかりやすい図などを入手してお伝えするようにしています。市議時代にこういうことを考えたことは有りませんでしたが、県議となって初めて「架け橋」という役割を強く認識しています。

 

来年はどういう年になるのか、私が出来る事を更に精査しながら、多くの皆さんが太宰府は住みやすいと感じて頂けるよう自分の役割を果たしていきたいと思います。

どうぞ、良いお年をお迎えください。

| ミホ | 13:22 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
何が起こっているんだろう?

10月に行われた決算特別委員会で、私は児童相談所について質問しました。

質問の内容は、児相への需要が急激に高まっていて職員や施設が追い付いていないため、どう改善していくのかという事です。特に施設の改善には予算がかかることから、計画的に進めていくしか方法はないという事でした。職員についてもまた計画的に増員していくという回答で、前向きな内容であるため、進めていってもらうよう要望しています。

 

今年4月の時点でこのブログにも書いたように、担任の先生が90名以上足りないという異常な時代に陥った原因の一つが、特別支援学級の急増が挙げられました。そして児童相談所においてもまた発達障がいの児童が急増しており、専門家がいないことが、業務を複雑にしている原因の一つであることを指摘しました。児相では、子どもだけではなく、その保護者も障がいを持っている可能性が高いケースが多く、親がそのことに気付いていないため、対応に苦慮しているという話がありました。

 

今回視察で児童自立支援施設に行きましたが、ここでも発達障がい児が急増しているという報告を受けました。

 

それほど町中に発達障がいの方が増えているのでしょうか?

むろん、以前は認知されていなかった「発達障がい」という概念が定着してきたため、単に落ち着きのない子とか変わった子、と言われていた子どもが実は障がいがあったということは有るでしょう。しかしそれにしてもあまりにも多すぎるように思います。

 

40名のクラスだと、6人程度の児童が何らかの障がいがある、というのは以前と比較しても増加していることは間違いないように思います。このままの増加曲線をたどるとしたら、一体この先どうなるんだろうと考えざるを得ません。

その原因は何かと考えてみると、一つは農薬の基準や電磁波など各種の規制が緩いという事を考えてしまいます。水や食べ物、空気など日常不可欠なものについて、表示方法や書いてある内容についてきちんと理解していなければ、実は健康への影響があるかもしれないというのは、実は大変な問題ではないでしょうか?

 

「国産」と言えば、普通は日本で生産され加工されたものだと思います。しかし、モノによっては、販売までのどこかの過程で国内で手が加えられていれば「国産」と表示をしていいなど、バラバラになっています。

 

「消費期限」だけ表示して後は個人で判断できる程度でいいものを、わざわざ「賞味期限」を表示して過剰な廃棄を促進するような無駄なことは止めて、もっと表示をわかりやすく単純にすべきだと思います。多くの人たちは変な所が過剰に書き込んであるため、表示を全てであるかのように信じてしまっているのではないでしょうか。

 

日本は色んな所が過剰になっているため、自分で物を考えるという習慣が減っているような気がします。しかしその裏側で、実は多くのごまかしがあり、よくよく意味を探っていくと「え?」と思う事が多々あります。

 

例えばペットボトルのお茶は大層長い時間常温で置いていても腐りません。しかし自分で淹れたお茶は、そうそう長い時間もちません。そしてそれを子どもたちが口にしている。過剰に反応する必要はないかもしれませんが、しかし特にこれから子どもを持つ方々や子どもを持っている方々は、一度は考えてみる事が必要です。

 

本当に今この国では何が起こっているんでしょう?

| ミホ | 16:08 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
定義

私は昔から算数・数学が苦手で、高校時代は、定期考査で数学の赤点をとって朝の強制補修受講者の常連でした。

その数学には「定義」という言葉がよく出てきます。数学が苦手な私ですからこういう言葉には特に敏感に反応したのかもしれませんが、ある新聞で「文科省がいじめを定義」というようなタイトルが目を引きました。

 

それによると例えば「勉強が分からなくて考えている子どもに理解できている子どもがその回答を教えた場合、もし考えている子どもが自分で解きたいと願っていた場合、教えるという行為がいじめに該当する場合もある」というようなことです。

 

「寝言は寝て言え」と言ったのは誰だったか。

ざっくり言うと私の最初の感想です。

そもそも「定義」とは何かと調べてみると、数学でよく使われてはいるものの、哲学の世界ではソクラテスの時代から2000年以上も議論しているのに未だにそれが何か結論が出ていない、とWikipediaに出ていました。結局何なのか分からないままではありますが、取り上げず、他と区別するためにA=○○である、と決定することだとすると、前述した子どもの行為=いじめだということです。

 

いじめも各ハラスメントも私は当事者間の人間関係によるものであると思っているので、第三者がそれを定義付けするという事自体にほとんど意味がない、と思います。

例えば男性が女性に「綺麗だね」と発した言葉をどう感じるかは、その男性と女性の関係性によるもので、男性側に自分と女性との関係性を客観的に見る能力があるのかどうか、ということが一番問題なのです。それは女性から男性へも当然同じことで、いきなり大人になってその能力が養われるわけもなく、子どもの時から「相手をきちんと見る、相手の気持ちを想像する」訓練が出来ていなければハラスメントは無くなりません。

 

文科省がこのような事例を挙げてしまうと、教師はその事象のみを追いかけてしまう可能性があります。それは木を見て森を見ずを助長してしまうだけで、本来子どもに必要な一人ひとり違わなければならない人との関わり方を学ぶ機会を奪う可能性があります。教師に求められるのは、子ども一人ひとりの他との関わり方を客観的に知っておくことだと思います。

そして、上述したような例の場合など特に、子ども同士で解決する力をつけさせることの方に力を注入すべきです。

 

文科省もいじめについて何とか減らしていきたいという思いからなのかもしれませんが、こんなこと真剣に考える時間があったら、ソーシャルワーカーなどの予算獲得に奔走してもらったほうがよほど現実的な減少につながると思うのですが。

 

文科省だけではなく、各省庁の政策を見ていると国の人たちは何でも定義付けするのが好きだなあと思います。

数学好きの方々は、数学ほどすがすがしく安らげる教科はないと言います。しかし哲学の世界で定義とは何かという結論が出ていないように、人が生きていくという事は雑駁で曖昧で数学とは対極にあるのかもしれません。そこに清々しさを持ってこようとしても

机上の空論、ということになるのでしょう。

| ミホ | 17:41 | comments(2) | trackbacks(0) | pookmark |
ふつう

6月議会で私が取り上げたのは、義務教育課程における担任不足です。6月時点で60名近い教師が不足しており、非常勤や常勤講師に頼ることは勿論、幼稚園の教師に臨時免許を出して担任を持たせている学校もありました。

昨年は、現役の大学生に臨時免許を出して、教科を教えさせるという離れ業を行った学校もあります。元々福岡県は教師の数が少ないということは指摘してきましたが、今年は特に教師が不足した理由として教育委員会は特別支援学級の増加をあげています。

実際福岡地区では普通学校における特別支援学級が急増しており、特別支援学校も、定員の1.5倍近い児童・生徒であふれかえっています。なぜこんなに急に増えたのか、教育委員会の考えを質してみると、特に発達障がいについて認知が広がり、対象と思われる児童・生徒の保護者が個別指導を望むケースが増えているということを挙げていました。

昔はどれくらいの子どもたちが今でいう発達障がいだったのでしょうか?この分母は変わらず、認知が広がったことが障がい児といわれる子どもの数を増やしている原因なのでしょうか。それともその分母自体が増えているのでしょうか?

 

しかし、発達障害といわれる子どもたちは、区別して指導しなければならないのでしょうか?他人とうまくコミュニケーションをとれない、空気を読めない、じっとしていることが苦手等々発達障害の例などを見ると、私の同年代にも沢山いたような気がします。しかし個別指導するまでもなく、一人の個性として教師もクラスの子どもたちも自然に受け止めていたように思います。いわゆるいじめという現象は、私が中学校位から言われるようになりました。そのいじめの対象になる子どもの多くが発達障がいだといわれています。

 

子ども一人ひとりが何が得意で何が不得手なのかを周りの大人が知っておくことは必要です。苦手なことが何故できないのか、その原因が障がいにあるとしたら、他の子と同じ方法でそれを克服させることは困難です。医療が発達したことで子どもにあった対し方を考えることができるようになりました。でも実際に区別して子どもを教育する必要があるのでしょうか。一緒でいいという場合も多いのではないでしょうか。

 

触られるのが苦手、大きな音が苦手、だからふつうではない、そう区別することは、大人が始めたことではないでしょうか。

しかし、実際に社会に出ると実は様々な困難抱えた大人がいます。特に発達障がいは知的に問題のない人も多く、両親はおろか本人もそれを自覚しないケースが多々あります。最近私の親友が「私は自分が発達障がいだということにやっと気づいた。」と言っていました。彼女は日本でも5本指に入る優秀な大学を出て、自分で事業を起こし、経営者として大変な才覚を持っています。ただ、昔から時間の管理が苦手で、後5分で出発しなければならない時になって爪の手入れを始めたり、別に慌てることもなくゆっくり行動していたり、なんで?と思う事がしょっちゅうありました。本人も色んな事をしようとする自分がコントロール出来なくて困ることもあったようです。昔はそれが原因でケンカしたこともありました。しかしそれ以後私の方から「後10分だから5分以内に荷物のパッキングを終わって鍵をかけておいて」などと具体的に言うようにしています。そういうと「わかってる!」と怒られますが。

 

自分はフツウで相手は変ではなくいろんな苦手があって当たり前、そういう社会を作ることの方が、子どもを区別して個別指導をするよりよほど現実的な教育ではないでしょうか。

| ミホ | 15:02 | comments(2) | trackbacks(0) | pookmark |
夏の思いで

気が付いたら8月が終わっていました。今日は本当に久しぶりの休みです。

昨年の選挙直後から臨時議会・各種集まり・6月議会・海外視察と続き、その直後骨折して市議会時代の様々な資料を整理できておらず、今日恐る恐る手を付けると、何とか形が付くまで4時間以上かかりました。今一息ついてこの二回の夏を振り返って、なんて慌ただしい日々だったかと感じています。昨年の夏は入院を一週間で切り上げ、無我夢中で松葉杖をつきながら各所を回らせていただき、今年の夏は昨年回れなかった夏祭り巡りや初盆参り、母の家の引っ越しがあって、やはりバタバタした夏でした。

 

最近は見なくなりましたが、昔は3時ごろになると青空にモクモクと大きな入道雲が表れ、あっという間に雨が降り出し、三十分程度であがって再び青空が広がるという光景を毎日のように見ていたように思います。父や母がよく「庭に水まきをしなくてすんで助かった」と言っていたのを思い出します。それは人間にとってだけではなく植物にとっても恵みの雨であったと思います。夏は野菜が美味しい季節で、体を冷やす効果のあるキュウリや日焼けを軽減するリコピンの入ったトマトなど、夏の体によい野菜があちこちの畑に生っていました。このところそういう自然と人間の優しい付き合い方が減ってきているのではないでしょうか。

 

その自然の中では「生老病死」は避けることが出来ないものです。

昨年は身体的に無理でしたが、市議会時代も含めて、私はあまり初盆参りをしたことがありません。

私の父の初盆の時、家族のほとんど面識がない偉い方がお見えになっても、相手も急いでおられるしこっちも話題が続かずきぶっせいな思いをしたということもありますが、議員は初盆に香典を持って行くことを法律で禁じられているため、何となく引け目を感じるということもあります。しかし、今年は親しい方の近親者の方の初盆が多く、各ご家庭にお参りに伺いました。

相手の死を少しずつ受け入れて立ち直ろうとしている方、未だに受け入れられず呆然としている方など亡くなった方の年齢もありますが、遺族の方々のありようも様々でした。

 

このブログにも何度か書きましたが、私も50を過ぎたころから「死」について考える事が増えてきました。

もし私が今余命宣告をされたらそれを受け入れて一生懸命残りの時間を過ごすことが出来るだろうか、無様に狼狽えて周りに迷惑をかけるのではないか。順番から言えば当面一番身近な死は「母」か「犬」です。「母」がいなくなれば、兄はいますが別に家庭を持っていますから、一人になるという思いが強くなるでしょう。また「犬」が亡くなればこれまで恐らく誰より長い時間を二人っきりで過ごしてきたパートナーですから、その喪失感は相当なものだと思います。何れにしても、必ずやって来ることとして、今私はどう行動するのがいいのだろう、何か覚悟する方法があるのだろうか。今日のように時間が出来るとそんなことを考えます。

 

お盆という行事があるからかもしれませんが、夏というのは、私にとって逝った者を感じる季節です。

 

| ミホ | 13:29 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

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